ピッチャーの肩・肘を守るため(1)

これまで以前に何度か当コラムでも触れてきたテーマですが、改めて書いてみたいと思います。

先日の夏の高校野球、岩手県大会決勝戦。大船渡高校の160kmの剛腕・佐々木朗希投手を故障回避を理由に登板させず・・・が大きな話題となりましたね。結果的に試合も敗れてしまったことについてその起用法を巡って野球関係者から高校野球ファン、それ以外の一般の方々までを巻き込んで賛否両論の論争が起こってしまいました。そしてなんでも大船渡高校には佐々木君を投げさせなかったことに対する苦情の電話が殺到しているのだとか。う~ん・・・。色々な意見を要約するとこんな感じでしょうか。

賛成派「監督の判断は正しかった。」
反対派「いやいや、4回戦の試合では延長戦まで1人で194球も投げたじゃないか。」
賛成派「ピッチャーの体はもっと守られなければならない。」
反対派「私物化とも言われかねない最悪の采配だ。」

・・・皆さんはどう思われたでしょうか。

どんな意見も自由ですが、あまり過度な采配批判やまして直接苦情の申し立て等々、さすがにそこまではいささか騒ぎすぎではないかと・・・私はまず思ってしまいました。

一番選手を間近で見続け、状態を把握しているのは監督さんです。佐々木選手の体の状態、初戦から決勝戦までの監督采配の意図、チームの事情、その他諸々、外側からでは決して見えない部分はたくさんあると思います。そして言うまでもなく、野球は1人の選手だけが勝敗を背負わされてプレーするものでなく、団体競技でチームの総力戦です。この佐々木選手の決勝戦温存の一点だけを敗北の理由にされてしまうことは、他のチームメイトの選手たちにとっては心苦しかったり、かえって心外に思うものではないでしょうか。外野の批判を気にすることなく、監督さんも大船渡高校の皆さんも県大会準優勝という結果を誇りに思ってほしいものです。

私自身は監督の采配に関しては、よく熟考された上で目先の結果よりも選手の将来を優先させた大英断だったと考えます。投げさせる、投げさせない、そのどちらを選択しても批判の対象となる可能性がある中で、選手を守る方を最優先する。こうしたご判断をされる指導者が有力チームに登場してきたというのは、やはり時代が良い方向へ(僅かでも)変わってきた証なのかなと思うのですね。

《選手の気持ち》をまず第一に考えるべき、という意見も当然あるでしょうが、これに関してはケースバイケースで考えてゆくことが大切かと思います。なぜならこうした若い選手の気質というのは「どんな状況でも(たとえ自分の体が壊れても)絶対に試合に出たい。」と思うのがおそらく普通であろうからです。仮にそれが冷静な状況判断や医学的な見地で無理とされるなら、きちんと止めてあげるのも周囲の大人の責務だと思います。選手の気持ち《だけ》を最優先させた結果、その子の将来を(あるいはその子の「今」を)潰してしまいかねない選択はすべきではないはずです。なので「選手ファースト」という言葉は「選手の気持ちファースト」以上に「選手の身体ファースト」に比重が置かれるべきで、この部分を間違えないように気を付けたいものです。もちろんこれは「選手の気持ちなどは全く考えなくて良い。二の次だ。」などという乱暴な論ではありません。言葉を尽くして互いに理解、納得できることが何より必要と思います(今回のケース、当の佐々木選手の心情がどのようなものだったかを推し量ることは出来ませんが)。

こうしたテーマはそのどれもが絶対の正解も不正解もなく、どんな形になったとしても完全に公平なものにはならないことも予め理解しなければなりません。なのでそれを承知の上で議論を尽くし、変えてゆける部分は変えてゆくことが大切なのでしょうね。そしてまず「選手の身体を守ることを最優先させる=選手ファースト」の理念を学生スポーツに関わる方々共通の認識としてより周知徹底させることができれば、おのずと答えは見えてくるような気がします。これだけスポーツ医学が発展し、コンディショニングの理論その他が確立されつつある中で、特定のアマチュアスポーツ界だけスパルタ論や根性論が幅を利かせているような・・・そんな前時代的なものであってはならないと思います。

その上で今の時代に適したルール作りを出来るだけ早急に検討すべき段階なのではないかとも思いますが、これはなかなか進まないですよね・・・。やはりピッチャーの球数を制限するというルールは、《これまでの野球》というものを根幹から変えることになるであろうため、二の足を踏む意見が多いことも分かります。しかし他の競技も含めてスポーツというものは、その時代時代に合わせて試行錯誤と共にルールの細かなマイナーチェンジをくり返しながら発展してゆくものであり、高校野球だけが変わらなくても良いということにはならないはずです。延長タイブレーク制度は既に導入されているのですから、少し風向きは変わっているのかとも思うのですが。

既にアメリカでは2017年より全ての州の高校野球でピッチャーの投球数制限と登板間隔を規則に盛り込んでいます。州によって細かな規則は違うようですが、例えばカリフォルニア州では、

・投球数は1試合で110球まで
・76球投げたら3日、51~75球は2日、31~50球は1日休む
・新人や二軍チームの選手は1日90球まで

という制度があるとのこと。

日本では遅々としてルール整備が進まない中で新潟県の高野連が独自で施行しようとした球数制限ルールが、結局取りやめになったとのニュースもありました。特定の県が独自で動くというのはなかなか難しいものでしょうかね。アメリカでとられている方法が唯一無二で絶対的に正しいわけではないでしょうし、試合本番以外のブルペンで投げている球数はどう計算するんだ等々、考えてゆかねばならない課題もまだまだ残されています。猛暑の下で連戦になってしまう過密な日程の問題点も含め、現状よりも良い方向へ進んでゆくことを願っています。

少し長くなり、まとまりがなくなってしまいましたが、次回は投手が肉体を酷使し過ぎるとどの様な変化が体に起こるのかをご説明できればと思います。

院長:本多