先日ですが、岩手県の沿岸部に位置する宮古市に行ってきました。

個人的なことですが、私の親類が3.11の震災と津波で甚大な被害に遭ったこの宮古市に多数おります。半年遅れですが、今回はその災害見舞いに向かったのです。地震直後の避難が素早かったおかげで親類全員が津波の犠牲にならずに済んだことは不幸中の幸いでしたが、その後の避難所生活や壊された家屋の修復など、この半年間の苦労は語り尽くせぬものがあったようです。

私も市内の津波被害に遭った各地に親類の案内の元、足を運んでみました。ニュースの映像では何度も見ましたが、自分の目で確かめたその光景はやはり言葉を失ってしまうものがありました。この辺りは明治や昭和の時代にも津波被害に遭っており、その度に 「今度こそは万全」 と思える対策が練られてきたのです(防潮堤の設置や避難誘導の周知など)。しかし返す返すも今回の災害はそうした予見を遥かに超えるほど 【想定外】 だったとしか言いようがありません。

原発事故も含めた今回の災害からの復興は、戦後生まれの私たち日本人が経験し得ないような途方もない時間と労力がこれからも掛かることでしょう。この現地訪問で同じ日本人として彼ら東北の人たちのためいったい何が出来るのか、改めて深く考えさせられました。この大災害をいつまでも風化させることなくその復興を見守りつつ、直接的に、間接的に、彼らの応援をし続けてゆきたいと思います。

(写真はクリックでそれぞれ拡大できます)

被災地へ 被災地へ

(写真左:)今回、、壊滅的な津波被害があった地区。
ここに3.11まで住宅・商店があり、穏やかな人々の普通の暮らしがあったのです。

(写真右:)美しいリアス式海岸である蛸の浜。
しかし右奥の堤防の一部は破壊され、手前左側まで押し流されたままになっています。